ヨーロッパ旅日記⑤

Gaspard2006-03-20


 第4話。ルーマニア編「思わぬ歓迎」


ブリガリア、ルーマニア国境の町RUSEからボロボロのバスに乗って、ルーマニアの首都ブカレストへ。街中に下ろされた。バスが2時間くらい遅れたので・・・



もう夜の21時過ぎだ。ブカレストはソフィアと違って日本並に近代化してるイメージ。明日の朝にはブカレストを出て、友人がいるブラショフまで向かう予定だったので、ブカレストのノルド駅近くのホテルにした。

しかしこのノルド駅周辺がなかなか物騒で、道には変な(両替の?)客引きやシンナー吸ってる奴は怒鳴り散らしてくるわ、野良犬はいるわ、パトカーのサイレンは鳴り響く・・・。友達にメールで明日の待ち合わせ場所を決めなくちゃいけないけど、ホテルにはネットないし、ホテルの奴に聞いたら歩いて10分くらいのとこにあるという。でもこの駅周辺を深夜一人でブラブラしたくないのと、一日かかった国境越えで疲れてしまって、「明日また連絡しよう、なんとかなるさ・・・」とすぐに寝てしまった。。。


これが後々、ルーマニアの友達と行き違いになってしまう結果になることも知らずに。。。


早朝、ブカレストからルーマニアカルパチア山脈に連なるブラショフに向かう。結局朝もネットできるとこがなく「こういう時に携帯があればなぁ・・・」と携帯のありがたみを再確認しながら、ルーマニアの田園地帯を電車で通過する。。。


そして途中、シナイアに降り立ちやっとのことでネットカファを見つけると!ここで初めて行き違いが発覚した。彼はブカレストまで昨日の夜までずっとノルド駅で待っていたとのこと。しかも今日から旅行するらしいからもうブラショフにはいないとのこと・・・。「しまった〜。ここまで来て会えないなんて・・・昨日ちゃんとネットカフェを見つけるというか、もっと早めに打ち合わせしとくべきだった」と自分の計画性のなさを痛感。

でもとりあえずメールに書いてあった彼の電話番号にかけてみる。


電話で話すと相変わらずだった、久しぶりのトークで盛り上がる。その友達は今日からウクライナへ行くらしく、残念ながら今回の旅では会えない。でも彼の友人と家族がブラショフを案内してくれるよう手配をしてくれた。お礼だけ言って、早速、その友人に電話してブラショフ駅まで迎いに来てもらう。


その友達とは英語がしゃべれて、ルームメイトとの幼馴染であるDENである。
ルームメイトと同じくおもしろく、陽気な奴だ。そのルームメイトの親の家に連れていってもらう。ここでもたくさんご馳走してもらう。「ルーマニアの人って本当陽気な人が多いな〜」と思いながら。

ルームメイトのお父さんと一回夕食を一緒に食べた。彼は英語が話せない。自分はルーマニア語が話せない。要するに会話はまったくできない。でもビールを飲みながら、色々話しかけてくるとなぜか楽しい気分になるのです。(まあ普通に見たらただの酔っ払いのおっさんだけど笑)


DENはブラショフの町をあちこと案内してくれた。しかも解説付き。解説があるとやはり一層おもしろくなる。彼は色々な友人を案内しているらしく案内慣れしてた。ブラショフはドイツ風の建物に山々に囲まれた綺麗な町並み。近くにはドラキュラ城もあるのです!


DENと町の外れにあるバーで飲んでたら、突然「日本人の方ですか?」と声がかかる。

「こんなとこに日本語を話せる人が!?」と思いきや、その人はルーマニア人で東京で働いたことがあるとのこと。しかも4月から東京にまた来るらしい。日本語勉強中とのことでメールアドレスを交換した。こんなとこで日本語を勉強してる人に会ったことが嬉しかった。嬉しいもう一つの理由はその子が「ルーマニア人は美女が多い」という噂を一発で納得してしまうほど綺麗な人だったから(笑)


ルームメイトの家ではまたまたお世話になった。でもルームメイト本人はいない(ってちょっとおもしろい)。彼のお父さん、お母さんはすごいやさしかった。英語が通じないため、DENが全部通訳してくれる。お父さん、お母さんはルーマニア語にもかかわらずたくさんしゃべりかけてくれる。そのためDENは要点を絞って英語に直してくれる。その作業はかなり大変そう。というか見ていておもしろかった。


そんなわけで本人に会えなくって残念やったけど、みんな暖かく接してくれてルーマニアもたくさんの思い出を残すことができた。


ルーマニアからハンガリーへ発つ日、、ブラショフの駅で片足がない子供に残っていた小銭をあげた。そしたらその子供が乗る電車のホームまで案内してくれてた。(ヨーロッパの電車にはまだ慣れていなかったため、よく迷うことが多かったのですごい案内してもらえるとすごい助かる)。そういうのがちょっと嬉しかった。

そして次なる国のハンガリーへ向かう。


続く